由生「理想の彼女って、一体、どうイメージしたらこんな風になるんだよ?」
由生は亜姫からプイッと視線を外し、両親に不興な顔を向けた。
母「由生の持ってたゲームとか読んでる本とか見てたテレビとか」
父「そうそう、エロゲとか、エロ本とか、エロDVDとかチェックしてね」
2人は顔を見合わせ、ニマニマとした笑みを由生に見せる。
由生「いつの間に……プライバシーも何もあったもんじゃねーな。だけど、そういうの見てたんなら、この子みたいな容姿になるとは思えないんだけど」
親指で亜姫を指差しながら、由生は更に不機嫌な様子を深めた。
母「だから理想の彼女として亜姫ちゃんを作ったのよ。将来、由生の嫁として私や三助さんの娘になるんだもの。私たちの理想を具現化してみたの。由生の隣にいて欲しい子をね」
由生「アンドロイド……っていうか、要はダッチワイフだろ? それなのに何で話が嫁にまで飛躍してるんだよ」
話についていけないとばかりに由生が溜息をつく。
父「確かに子供は作れないけど、僕も協力して亜姫ちゃんには生体と変わらない……いや、生体以上に素晴らしい皮膚や筋組織なんかを移植したんだよ」
生体分野の科学者である三助が亜姫の手の甲を撫で、その質感を熱弁した。
由生「でも、そんなに凄くても動かないんじゃ、マネキンみたいなもんじゃないの?」
母「亜姫ちゃんはまだ起動してないものね。マネキンみたいに見えても仕方ないわ。だけど起きればきっと気に入るわよ? さぁ、由生、お姫様に目覚めのキスをしてあげて」
あくまで否定的に亜姫を捉える由生に、凛子が目覚めのキスをすれば気持ちも変わるはずだと促す。
由生「キ、キスって……母さん、何を起動キーに設定してるんだよ! 動力ボタン押すだけとかにしておけばイイのに」
いきなりキスと言われ、由生が真っ赤な顔になった。
母「お姫様の目覚めには王子様のキスが不可欠なのよ」
凛子が、目を閉じたままピクリとも動かない亜姫の髪を撫でる。
由生「お姫様って……これはアンドロイドだし。俺は王子様でもないだろ!」
キスに動揺を引きずったままらしい由生は、上擦った声で分かりきった事を叫んだ。
父「ただの比喩だろ。それとアンドロイド、アンドロイド言ってくれるな。片代亜姫って名前で戸籍まで用意してるんだぞ」
由生「用意周到すぎ。本気で俺の嫁に迎えるつもりでコレを作ったのか?」
嘆息と共に姓名を訴える三助に、由生が驚きの目を向ける。
父「だから、片代亜姫ちゃんって名前があるんだってば」
由生「……亜姫の戸籍までなんて、どうやって用意したんだよ」
怒気混じりの三助に促されて仕方なく、由生は亜姫と名前を呼びながら両親のあくどさに呆れた。
母「戦時の混乱で死亡と見られていた私の遠い親戚の娘さんが、とある施設で生きていた事が分かったけど、身寄りは家くらいしかなくて、それで引き取ったって感じね」
凛子がまことしやかに亜姫に用意された嘘を口にする。
由生「そういや、片代って母さんの旧姓だっけ。だけど、戦争孤児の引き受け制度と戦時戸籍抹消をダブルで悪用してまでアンドロイドに戸籍を用意するなんて……」
父「悪用なんて人聞きの悪い。ちょっと法の目をかいくぐったのさ」
由生の唖然とした様子に、三助が悪戯っぽく笑ってみせた。
由生「父さんや母さんと話してると何だか凄く疲れる時があるよ。もう、俺は部屋に戻るわ。じゃ、亜姫は部屋で起動するから」
母「亜姫ちゃんはアンドロイドのせいか、普通の女の子よりもちょーっと重いわよ。連れて行ける?」
亜姫を背負って部屋に引き上げようとした由生に、凛子が楽しそうに尋ねる。
由生「何処がちょっとだよ! 見た目の3倍くらい重いじゃん。こんな無茶苦茶な重さでのしかかられたりしたら潰されるんじゃないのか?」
100sを超えるような重量を感じた由生は、持ち上げた両腕を元の位置に戻して凛子に向かって怒鳴った。
母「起動すれば自分で動くし、人に危害を加えない重さを調節しながら騎乗位をする事も出来るようになるから大丈夫よ」
由生「騎乗位……って、とりあえず幾ら平気なシステムがあっても、普通の人間には持ち上げられないような重さの亜姫が上に乗るなんて想像したくないよ。……だけど、起動するにはキスしないといけないんだろ。ここでキスはちょっとなぁ」
由生は、あけすけに体位を口にする母親に少し困ったような視線を向けた後、簡単には動かせない亜姫を見つめて溜息をつく。
父「いーじゃん、誓いのキスだと思って僕らの前ですれば。僕らは由生の前でキスなんか恥ずかしくないぞ。ねー、凛子さん」
母「えー、三助さん」
2人で言葉を合わせた後、子供の前である事など欠片も頭に無いようなディープキスを三助と凛子が披露した。
由生「……恥知らずの中年カップルめ」
母「親に向かって酷い事を言うのね。由生だっていつかは年を取るのに。キスするのが恥ずかしいからってあたらないで頂戴。たかがチューでしょ? 男なら一発決めてやりなさいよ」
父「そうだそうだ。由生だって、そのうち中年になるんだぞ。別に僕らみたいなディープキスしろって言ってるんじゃないんだ。ちょっと唇が触れるくらいなんて事ないだろ。してみろって」
唇を離した2人はそれぞれに由生を責めては、キスしろとはやし立てる。
由生は両親の言葉にグッと押し黙った後、覚悟を決めたように拳を握った。
由生「息子のファーストキスを眺めようなんて、本当に悪趣味だぞ。……仕方ない、起動してもらわないと部屋にも連れていけないしな」
由生は深呼吸をしてから、両親と自分に言い聞かせるように亜姫へのキス理由を確認する。そうして椅子に腰掛ける亜姫の肩に、静かに手を置いた。
普通の人にはとても持ち上げられないような重さをしている事を忘れるほど、亜姫の身体は華奢で柔らかく仄かなぬくもりまで感じさせている。
可憐な少女そのものの亜姫の小さな唇へ、ガチガチに緊張しながら由生は徐々に近付いていった。
唇までの距離が、もう1cmを切ろうとしていた時。
パチッと音がしそうなほどの大きな瞳が由生を見つめた。
由生「へ? 何で、キスしてないのに?」
驚く由生の眼前で、亜姫がニッコリと優しい笑みを浮かべる。
由生は亜姫の微笑みに答える余裕もなく、慌てて少女から身を離した。
母「あ、起きちゃった。もう1分だけでも、起動時間を遅らせておけば良かったわね」
由生「キスしなくても起きるのに騙したのか?」
惜しい事をしたと残念がる凛子に、由生が憤慨する。
父「うん、実はね。いやぁ、なかなか面白かったよ。キスしちゃえばもっと面白かったのになぁ」
由生「息子で遊ぶなよな! これだから家の親は……」
三助の種明かしに由生があきれ返った。
母「でも、間近で見る亜姫ちゃんは可愛かったでしょ?」
凛子は、ニコニコと笑顔を浮かべたまま椅子に座る亜姫の肩に手を置く。
由生「まぁ、悪くないと思う」
ふてくされた様子ながらも、まんざらでない目で由生が亜姫を見つめた。
父「由生は素直じゃないなぁ」
ストレートに褒められない息子に、三助が苦笑を漏らす。
由生「だけど、亜姫は何で喋らないんだ? 一応、呼吸みたいな動作もしてるし、笑ったりも出来るみたいだけど」
会話に参加する事なく、ただ微笑むだけの亜姫に由生が首を傾げた。由生は目の前で手をチラつかせてみたりしながら亜姫の動きを窺ってもみるが、亜姫は微笑んだまま、ただ椅子に座り続けている。
母「喋るとかの行為は、由生が教えてあげて頂戴」
由生「教える? もしかして、何も出来ない赤ちゃんと一緒って事?」
父「いや、そこまでじゃないよ。必要そうな知識も必要なさそうな知識も何でもインプットだけはされてるから」
由生「じゃ、何で喋らないのさ」
母「もし、見た目が好みじゃないって言われたら、せめて性格だけは好みにしてもらおうと思って、性格部分はまだ何も設定してないのよ。亜姫ちゃんは何でも知ってはいるから、由生がお願いすれば、何でもその通りにしてくれるわ。そういうお願いの積み重ねで、亜姫ちゃんの性格も定まっていくようにしたしね」
由生「じゃ、亜姫は俺好みに行動……いや、俺がお願いした通りに育っていくって事?」
珍しいオモチャを与えられたような、ワクワクとした顔で由生が亜姫の手を取る。
母「理論上はね。でも、育てるのって難しいのよ。今の初期状態は何でもお願いを聞いてくれるかもしれないけど、育てば自我も発生して、由生の思う通りにはいかなくなるかもしれないわ」
父「何でも聞くからって変な事ばかり教えちゃ駄目だからな」
亜姫をどう育てようか、その事で頭の中が一杯になってしまっているらしい由生に、両親の心配は殆ど届いていないようだった。
三助と凛子は息子の夢中な姿に、溜息まじりで顔を見合わせる。
母「由生、大丈夫? アンドロイドって言っても戸籍もある以上、普通の娘さんと同じなんだから酷い事しちゃ駄目なのよ?」
父「立場としては、由生の許嫁になるんだぞ? そこの所を考えて心を育ててやらないと駄目だぞ!」
由生「そんなに心配しなくても問題ないって。父さんや母さんほど、変な育て方はしないからさ」
少し強い口調で苦言を呈する両親に、由生が軽く手を振った。
由生「じゃ、亜姫。俺についてきて、部屋にいこう」
由生が手を引くと、亜姫は声を出さずに頷く。そしてスムーズに立ち上がり、由生の後ろを素直についていった。
父「最初は文句言ってたけど、とりあえず気にいってもらったみたいで安心したよ」
由生と亜姫のいなくなったダイニングで三助が小さく呟く。
母「あの子には……ううん、あの子達には、戦争の時に大人の都合で沢山、酷い目に遭わせちゃったし、幸せになってほしいものね」
三助の隣で、凛子も小さく呟いた。
父「2人が上手くいくとイイなぁ」
母「私達の作り出した息子と娘だもの、上手くいくわよ……だけど……」
父「だけど……? 何か問題でも?」
凛子の思いつめたような表情に、三助の顔も曇る。
母「亜姫ちゃんには血が流れてないから問題ないんだけどね。私達の息子と娘じゃ、兄妹なのかしら……って、思えて」
父「……ハハハ。それは考え付かなかったな。でも、言われてみればそうなるのかな? ま、その辺は気にするような事じゃないだろ。それよりもさ……凛子さん」
困ったように笑った凛子につられて、三助も笑った。開発者である2人の中で、由生と亜姫が兄妹か否かはそう大した問題でも無いらしい。ただ、少し大袈裟に悩んでみただけの事のようだ。
母「何、三助さん?」
三助に両手を握り締められて見つめられ、凛子はジッと彼を見つめ返す。
父「本当のキョウダイを由生に用意してあげたくないかい?」
母「ヤダ、三助さんたら……私も同じ事を考えていた所よ」
三助と凛子は息子が自室に籠ったのをイイ事に、夫婦の時間を満喫しようとしていた。