「世界よりもあなたが好き」
それが最初に少女が発した言葉だった。
けれど、その言葉は彼女に許されるものではない。
「じゃあ、俺のために世界を守ってよ」
青年はそれを知っていたけれど、彼女の思いを否定せずにその耳に優しく囁いた。
世界は今、未曾有の危機に晒されている。
「ヒカリ、時間が無いから早く脱げよ」
ビルの暗がり、路地裏で、青年が少女の服に手をかけた。
「え〜ココで? やだよリョウ、だって外だよ。恥ずかしいじゃん」
少女は青年の手を掴み、服の合わせからその手を剥がす。
「何が外だ、機械娘。こんだけ豪快に肌晒しといて、今更恥ずかしがるのか?」
青年は布地に包まれていない少女の背中を下から上まで柔らかく撫で上げた。
「あら、大事なところはちゃんと隠してるじゃない? ココとココはリョウだけのモノだもんね」
少女は青年の手を柔らかな二つの膨らみの内の一つと足の付け根へ導き、愉しそうに笑う。確かに少女の言う通り、着ている衣服はボロボロで下着と大差のない姿であるが、どんなに背中や手足を晒していても、胸やデルタだけはキッチリと守られていた。
「俺のモノね……なら、ココで俺が見たいと言ったら、好きにさせてくれるもんじゃないのか?」
右手の先にある胸を掴み、左手の先にあるスリットを撫で、少女の全てを知る青年は口の端を少しだけ持ち上げる。
「っあ……やだ……リョウ……」
力の抜けた肢体を身体で受け止め、青年は慣れた手つきで少女をわずかに覆っていた一切の布地を剥いだ。
「ほら、ちゃんと立って俺に良く見せろ」
少女の肉体はとても精巧に創られていて、皮膚が人工である事も、その下の肉がまがい物である事も、そして金属が彼女の中を支配している事も、腹に開いた傷さえなければ、きっと外からは分からないだろう。
けれど、彼女はその小さな少女の容姿の奥に確かに恐ろしい力を秘めていた。
「こんなに酷く傷つけやがって、お前も戦う時はもうちょい気をつけろよ?」
技師と世界で一番強い機械人形。
それが2人の関係の全てのはずだった。
機械仕掛けの心で少女が青年に恋をするまでは……。
「私が心配?」
少女は嬉しそうに、心配そうな顔つきで腹の傷口から覗く配線を探っている青年に問いかけた。
「……バーカ、修繕費用も馬鹿になんねーんだよ。幾らスポンサーが世界だって言ったって、お前は金がかかって仕方ない」
大した故障箇所のない事にホッとした表情になった後、それを誤魔化すように青年が少女をたしなめる。
「ふふふ、そのくらいイイじゃん。世界最高の女がリョウの女なのよ」
少女は自分の腹の中を探っている青年の頭を撫でながら、幸せそうに笑った。
「何が女だ? ガキも産めねーくせに」
切れた配線や破れた人工の皮膚を繋ぎなおし、青年は新しい衣服を少女に手渡す。
「私が負ければ世界はオシマイ。どっちみち、次の時代を生きる子供なんて必要ないわよ」
あっという間に普段通りの素っ気ない態度になった青年に向かってアカンベーをした後、膨れっ面で少女は衣服をまとっていく。
「おいおい、俺は寿命半ばで死ぬのはゴメンだぜ? ちゃんと全うできるまで面倒見てくれよ」
膨らんだ頬を軽く押してしぼませてから、青年がグリグリと少女の頭を撫でた。
「私が壊れるまで、生きてないくせに」
青年の胸に抱きつき、少女が寂しげに呟く。
「俺が死ぬときは、ちゃんと分解してやるから気にすんな」
青年は少女を抱きしめ、耳元に優しく囁いた。
「嘘つき。心中なんかさせてくれる気無いくせに。政府と話してるの聞いたのよ」
トンと青年の胸の中から抜け出した少女が、キツく彼を睨む。
「政府の野郎は政府の野郎。俺は俺の思う通りにするさ。だって俺は、自分の女が他人にどうこうされるってのは生憎好きじゃねーしな」
青年は少女の言葉にニンマリ笑うと、少女を再び抱きしめた。
「リョウって本当にワガママ。困り者ね」
青年の腕の中で少女は一つも困っていない嬉しそうな笑みを浮かべ、彼の頭をクッと引き寄せる。
「お前ほどじゃねーよ。……っと、ああ。どうやら、お出迎えだぜ? 行って来いヒカリ」
引き寄せられた青年は少女の求めに応じて長く甘いキスを交わした後、空を仰ぎ無粋な轟音と共に現れた敵を軽く睨んだ。
「あー、本当だ。残念だけど、続きはまた後でね。待っててね、リョウ!」
投げキッスの動作と共に、少女は地面からフワリと浮き上がる。
「お前なんぞ誰が待つか」
少女を直す為に出していた工具をしまい、青年は戦場からの退避準備を始めた。
「何よ、いつも心配そうに待ってるくせに」
青年の周りを蝶のようにヒラヒラ飛んで、少女がクスクスと笑う。
「そんな事ねーよ」
青年はフンと鼻を鳴らして、少女を空へ追い出すように手をはらった。
「本当に素直じゃないんだから……。でもね……私はいつだって……」
大きく息を吸い込む動作の後、少女が表情を引き締める。
含みのある言葉に、青年が空を仰いで少女を見つめた。
少女は青年の視線を一身に感じながら、荒廃したビル街を背に幸せそうな笑みを浮かべる。
「世界よりもあなたが好き」
「じゃあ、俺のために世界を守ってよ」
目覚めた時と同じ言葉で愛を告げた少女に、青年が優しい笑みを返した。
少女は青年の言葉に頷いて、高く高く空に飛んでいく。
機械仕掛けの天使は愛する人を守るため、世界の命運を賭けた戦いに今日も挑んでいった。
あとがき
『微エロ』『精神的に不安定な彼女』『少し冷たいけど実はやさしい彼氏』『仲良い』というお題を貰って作ったショートショートです。
あんまり彼女が精神的に不安定ってのは入れられていませんが、まあまあ、頑張ったと思う作品です。
世界の危機とか終末とかはかなり好きなテーマなので、手を変え品を変え書いている気がします。